へび年に ちなんで蛇の話をまじえて語ります。
蛇がどうやって進むのか知りました。体全体にある鱗を立てて地面に引っ掛けて体を引き寄せるそうです。人間で考えると、うつぶせに寝て、つま先を立てたり伸ばしたりして前後に進むのを体全体でやっている感じでしょうか。背骨があるからミミズのように伸び縮みすることができないので、体をくねらせて右左交互にたくさん曲げ伸ばしすると効率よく進む、だから蛇行すると理解しました。
前に、会社の役員の訓示で、「右に大きく振って、ダメなら左に大きく振る。間違っていれば正せばいい。とにかく変えながらおそれずに進み続けること。」という話を聞いて感銘を受けました。つい、進んできた道を否定したくなくて、間違っていたと認めたくなくてそのまま同じ方向に行ってしまうことがあると、気づかされたわけです。無理がある場合は改めることが必要です。蛇も部分部分を見れば右や左に向かって進んでいるのですが、全体としては前に進んでいる。私たちが右足左足に重心を載せながら歩いているのと同じことです。進むべき方向を見失わないように頭部は俯瞰して目標を見据えていなければいけません。組織や個人の在り方に当てはまります。
いまの蛇の進み方の話は地面を這う二次元の話です。蛇は木登りもできます。竜は螺旋を描いて空に昇ります。
螺旋階段を上る人のことを真横から見ると、右に左に移動しながら上下に移動しています。蛇の蛇行のように。
真上から見ると、ぐるぐると同じ円を回っています。当の本人はといえば、例えば やや左斜め上 同じ方向に進み続けているだけです。
何が言いたいかというと、同じように進んでいても見る角度によっては右往左往しているようにもなるし、停滞しているようにも見えるということ。環境に合わせて敢えて大きく変えなきゃいけないと焦る必要は無くて、動いていれば自動的に右に左に振られるのが自然なはずなのです。螺旋階段を上るのか下るのかは選択できるから、この瞬間ソッチに行くために下りを選ぶんじゃなくて、アッチでもいいから苦しくても一段上に行く考え方でいたいと思います。
世界の歴史が平和と戦争の間をいったり来たりして、為政者が地球環境を気にしたり気にしなかったり、多様性を認めたり認めなかったりして、自分が行きたい方向と違う方向に進んでいると感じたとしても、きっと全体的には前に進んでいると信じたい。どこかでまた逆に振れるように、私個人は個人の良心を育み続けます。特に、戦争には絶対に反対だという考えは曲げません。
