夏休みに親のお金を子が使い込むという事件がありました。自分にも小学生のころか、身に覚えがあります。
直接の原因は子どもの手の届くところにお金が置いてあったこと、本当の原因は子どもに与えたストレス、と分析しました。親が改善しなければいけないと学びました。
お金はゆくゆく返してもらうとして、まずは自分が子どもに期待しすぎてプレッシャーをかけるのをやめて、できたことを褒めるように改めてまいります。
まだ世間をよく知らない我が子に、いま伝えても全部は伝わらないと思いますが、時間をかけて話し合っていきたいお金のこと、私のお金観を 整理のために記録しておきたいと思います。
私は開業するにあたって企業理念というか、企業じゃないので「私の仕事への取組み姿勢」というものを掲げてデスクトップに置いています。
お金に関して、「報酬は感謝の形。Give and Given。」としました。Give and Given はネット記事を見て知ったことばです。Give and Take はよく聞くことばですが、Takeの「取っていく」感じがなんとなく違うなと思っていました。昔から、客なんだから当然権利がある みたいな考え方は嫌いで、まして義務を果たさず権利だけ主張するのはもっと嫌いです。その点、Give and Given は「与えてもらう」だから受け取る側の主張がない感じがします。自分が起こす行動は Give のみです。でも私も食って行かなきゃいけないので相手の Given には期待しますし、与えてくれない相手にはこちらから Give することも無くなっていくというスタンスでこのことばを使っています。そして、「この人にお金を払いたい」と思ってもらえるような仕事をすることを自分に課しています。
不労収入とか、投資で利益とか、そんな甘い話を最近よく目にし耳にします。小さいころの夢「お金持ちになりたい」は昔からあるので最近の風潮がどうのというつもりはありません。でも最近、AIに仕事が奪われるかもしれないと焦っている人にはひと言、そっちじゃなくない?とお伝えしたいです。
工法開発に携わり、コストを細分化してなんとかコストダウンできないかを検討したときのことです。当たり前かもしれませんが細かく分解していけばいくほど、結局全部「人」に払うお金だということに気づきました。運搬費も、運ぶ人は当然、ガソリン代=ガソリンを入れる人、運ぶ人、掘る人。段ボール=作る人、原材料集める人、ずっとさかのぼって木を育てる人。たくさんの人の手をわずらわせる物は高いということです。その人たちが食って行くために必要なお金=報酬、言い換えると原価の話です。
おいしい食べ物や、流行りのものは驚くほど高いことがあります。これは欲しい人が買うから決まる値段で原価とは別です。原価に見合わず高いものでも欲しいと思う人がいる限りお店は続きます。
お金の起源より前の世界を想像してみます。例えば私のような技術者は「ものづくりが得意なおとこ」であったと思います。隣の家の雨漏りを直すのを手伝ったとします。すると隣の家の人は「ありがとう、今夜は飯でも食っていけ」というでしょう。友人の家を建ててやったとします。すると友人は「ありがとう、いつでも飯を食いに来い」という。その年、私が自分の畑の作物を枯らしてしまって、友人宅に行くとこれからしばらく留守にすることがわかった。すると友人は「俺がいつも魚を渡しているあそこのじいさんにこの手紙を持っていけばじいさんが食わせてくれるはずだ」といって手紙をくれた。この手紙、これがお金じゃないかと思うわけです。
仕事に対する報酬の大きさは、相手がどれだけ感謝してくれるかで決まるというのが私のお金観です。流行りのものを提供できれば、嬉しいと思う人がたくさんいて、たくさん感謝してもらえる。おいしい食べ物は繰り返し提供して繰り返し感謝してもらえる。報酬がほしければ感謝されること、もっと報酬が欲しければ感動してもらうこと、です。報酬に役に立った実感が伴ってほんとうの幸福感が得られるように思います。
投資についても同じような考えです。私も少し株を買っていますが、企業理念や研究開発していること(人のために何をしているか)に協力したいと思う会社の株を買っています。会社応援のための投資で、株価が上がったら売るようなことは考えていません。応援への謝礼として配当がもらえるし、いざ手元のお金がなくなったら悪いけど売って生きていくお金に代えることもできる。投資先の会社を調べるのが大変だから証券会社にお任せするシステムがあるのであって、証券会社がいいと思う会社を応援していることに変わりないはずです。応援している会社なら株価が下がっても(スポーツを応援するように負けても)くやしいけど仕方がないと納得できる。逆に納得できる分だけの金額で投資をするべきだと思っています。寄付もそうで、環境の違う人や未来の子供たちへの応援、投資だから、見返りなしで納得できる分だけ Give を振りまいたらいい。
感謝の輪が経済。世の中そうじゃないことが多いけど、そうだったらいいなと思う。AIに仕事が奪われるって、それはいまある仕事が感謝に値しないことに変わるだけで、人がひとのために やってあげたいこと やらなきゃいけないこと はいつまでも無くならないんじゃないですか。
我が子よ、未来を不安に思うことはない。自分の力を疑う必要もない。ひとの役に立てる年頃になったとき、正直でひとに感謝される人であるように、少しずつ成長しよう。信じています。
