ツーバイフォー構造設計のシンシア構造計画

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前と後ろ

 広島サミットには少し興味をもってニュースを見ていました。とりとめのない話をします。

 「前」というのは視線の向いている正面の方向で「後ろ」というのはその逆。
 時間に関して言うと、「前」というのは先で過去、「あと」が未来。「ずっと前」っていうと「ずっと過去」。
 わたしたちは時間の流れを過去を向いて後ろ向きに歩いているんだって聞いたことがあります。なるほどね。未来は見えないから未来を見据えることなんかできない。見えないから足元に石があればつまずくし、行先がわからないから崖に向かって一斉に歩いているのかもしれないわけだ。

 でも、しっかり過去を見ていれば、進んでいる方向が過去と比べて曲がったか曲がっていないかはわかるはず。株価のチャートみたく、この先どうなるかはわからないけど、記録さえ残しておけばどうなってきたかは跡が残るってこと。

 その昔、こちら側に大きく曲がった人たちがいました、たくさんの人が不幸でした、という経験は蓄積していくから、いまこのまま進んだら危ないんじゃないかってことは、過去の経験が浅い人々よりわかっているはず。こんなにたくさんの人が戦争に対する警鐘を鳴らしているのになんで止まらないのかが不思議です。生き物の残念な本能なんだろうけど、戦いに勝ったら得をした人たちが勝った人を英雄だと称えるっていう構図から変えていかないと、どうしたって危うい方向に曲がりがちだよなと思います。それに、どうしても得する人と損する人は出るだろうし。自然に任せれば正規分布で。人の手が加わればいびつな分布で。その差に不満を持つ人はいるだろう、得をしたいと思うのは自然だしな、とか考えています。

 もしかして、「損」と「得」のものさしが人によって大きく違っていれば全員幸せにすみ分けができるようになりますかね。多様性。植物を見るのが好きな男は草だけ見ていれば幸せなんだから他人から奪おうとはしないし、他人もその人から草を奪う必要もないじゃない。朝ドラのようなことは物語だし、生きるのに困らないという前提が必要な極論だとわかっていますけど。
 そう考えると、地球の未来を考えようとか、多様性を認めようとか、推し活だとかワークライフバランスとか、前よりも変わってきて進もうとしている方向は、見据えることはできないけど明るい方向なのかもしれない。
 多様性を認めようとする価値観を押し付けると多様性じゃなくなるという矛盾を含んでいますが。

 自分も、過去に学びながら良いと信じる方向に向かってひたむきに”うしろむきに”歩いていくしかないって話です。
 いまは私の”まえ”を歩き、私より”うしろ”まで歩いていくであろう子供たちにも父がそう思っているってことを伝えていきたい。

日々のできごと   2023/05/24   sincere
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