この夏、東京大会を見て思うこと
オリンピック新種目のスケートボード、BMX、スポーツクライミングは個人種目でありながら、出場選手全員が1つのチームのような感じがして、日本選手を応援してはいるのだけど全体的に興奮しました。若い選手には「国の期待を背負って」というよりは「自身の最高のパフォーマンスを」という思いを感じました。それが私にはとてもいいと思えました。
選手に限らず、SNS時代で個人が世界の個人と繋がれるようになったからか、社会の形や所属の意識が昔とは違ってきているのではないかと思います。
なぜ私は見ず知らずの日本代表を応援しているのでしょうか。日本の金メダルの数を数えているのは何故なのか、全く不思議です。答えは心理学の範疇でしょうかね。今度調べてみよう。
パラリンピックが始まり、それぞれ違うハンデを背負って戦う個人種目を見て、日本選手を応援はしますが、出身国よりはその人の背景に興味が湧き、パフォーマンスに感動しています。もっと一人ひとり掘り下げて教えてほしいです。
そういえば24時間テレビの裏、Eテレが「バリバラ」という番組で「2.4時間テレビ」というのをやっていました。普通に面白くて、言葉に含蓄があって、真理だなと思いました。もっと子供の見る時間にやってほしかった。
大人になってから、人間の価値は「何ができるか」より「何ができるようになったか」だと思うようになりました。パラリンピックも2.4時間テレビも、そういうことを教えてくれます。
人を国や所属で見るのではなく、その人の内面を見るようにしたほうがいい、というのはよく言われますが、個人が繋がれる今の時代だからそれができる。逆に自分も所属の殻で守られない時代なのだから、個人を磨かないといけないわけです。
自分を肯定し、他人を肯定して、自分はできないことに立ち向かい克服する・成長する。どんなスタートラインだとしても、そんな人間は輝いていて、幸福を得られるのではないかと思います。
